母を看取る 〜30代夫婦のこの1年〜

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 胃がんのため62歳でなくなった母親の1年の療養生活のことを中心に、
 30代の娘(わたし・あき子)が夫とともにいろいろメモしています。

 母親とはあまり気が合わず、どっちかというと不仲でした(笑)
 両親は約10年前に離婚。2人の娘は無事に嫁ぎ、母親は一人暮らし。
 そんな状況で末期がんなんて、さぞかし大変?
 そりゃもうねぇ、いろいろありすぎですわよー。

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身内に病気の人がいると、神経も苛立つのか、怒りっぽくなります。
怒りはいろんなところに向くのですが、今日は介護保険のことを!

最初に反省しておきますが、制度というのはルールあって成り立つものなので、そのルールを知らなくて損をしても怒ったりしちゃいけないと思います。
ただですね、切羽詰って、ふつうの状態じゃないときに、はじめふれる制度のことを理解してその上でって、けっこう難しいことです。
なので、今日はわたしの失敗談を披露しておきます(笑)

そもそも、62歳のうちの母親が介護保険を使えると知ったのもだいぶ遅かったんで、保険請求の対象になる介護ベッドのレンタルや介護用品の手配が認定申請の時期と同じだったのでした。
一刻を争うような容態でなければ、ケアマネさんとよく相談して〜、という流れになるんでしょうが、進行の早い病気ですと、それどころではない感じです。。。
すぐにでも必要なものを手配するしかない!

ま、なんとなく、介護用品のレンタルや購入って保険対象よねと思っていたので、事後の申請でお金をいただくのかなあとか想像の世界におりました。
実際は、レンタルは最初から保険分の9割を差し引いた負担額でした。

で、問題は購入の方なんですが、これって都道府県で認められている業者から買わないと、保険適用にならないんですー。
ネット販売に慣れ親しんでいるわたしたちの世代ですと、お得なネット通販を気軽に利用しちゃいますよね。
しかし、これが大きな落とし穴。
想像通り、街の介護ショップより、ネットショップの方がお安いんですがね。もちろん同じ商品で比べての話で。

「同じ物ならお得に買った方がいいよね」という感覚は介護保険的にはアウトです(笑)

「どうせ保険適用になるんだから、値段のことなんか気にせずにー」という感覚ですと大成功です(笑)

事業者管理じゃなくて品番管理にしてほしかった…。
お金の出所は公的財源なわけですしねぇ。
介護って大きな問題な気がするけど、夫婦とも30代な我が家としては、まだ介護保険料も払っていませんし、馴染みがなかったりします。
ま、保険料払っていようといまいと、親が介護を要することとなってはじめてその実態を知るというのが一般的かもですね。

介護保険って介護を要する立場になったら利用できるのかと思いきや、けっこう制約が多かったりします。
まず、原則65歳以上っていう話なんですよ。
えーー、65歳未満でうんと容態悪くて介護を必要とする人は??
まれに利用できる場合もありますが、あくまでも例外らしいです。

末期がんがその例外の一例です。
今年2006年の4月から、年齢未達(41歳以上)でも介護保険利用可能な特定疾病という項目に「末期がん」が加えられました。

この話、まだあまり知られていないのか、当初の主治医に話を聞いてもよくわからない感じだったりで、情報キャッチが在宅ホスピスに切り替える直前になってしまいました。
さすがに、在宅ホスピス(がん専門)のスタッフの皆さんは、この件よくご存知で、「介護保険の認定手続き取れます」とハッキリ言ってくださいました。

ただですねえ、以前の記事にも書いたように、悪くなりだすと早いんで、認定手続きに手間取ると。。。

だいたい、申請から認定までって1ヶ月以上かかるみたいなんです。
要介護認定の申請手続きをとりますと、認定にあたって市町村のスタッフの方が、本人に聞き取り調査にみえるんですよ。

うちの場合、その聞き取り調査に来ていただいたのが亡くなる前日でした。
ギリギリセーフというかなんというか。

ま、母親本人、多少元気あったころに、自分が入っている生命保険のプランが要介護になると保険金が支給されるかもしれないという細かいことを気にしていましたんで、介護認定していただけてよかったかな。
ちゃんと9万円もらえるみたいよー と報告してみます。

亡くなる前日だったからだと思いますが、名演技(?)の可能性も残される「要介護5」の認定でした。
亡くなってから20日ほど経って知らせが届きました。

介護保険サービスが使えることが前提であれば、在宅療養を検討したい方もおられることでしょう。
この話、早く世間一般に認知されることを願って、今日は書いてみました。


〜聞き取り調査の風景〜
市のスタッフの方:お名前を教えてください
母親:○○あき子です
あき子:(市のスタッフの方に)あき子はわたしの名前です。。。
市のスタッフの方:お嬢さんではなくて○○さんのお名前を教えていただけますか?
母親:○○あき子です
市のスタッフの方:お嬢さんではなくて○○さんのお名前を教えていただけますか?
母親:・・・・・・・・わかんね
一つ前の記事、「手術不能の胃がんに侵された人の余命」でも書いたんですが、うちの母親の場合、2週間に1回の外来への通院と抗がん剤(飲み薬)を周期的に投与するという治療が1年ほど続き、基本的には自宅で療養生活を送っておりました。

病気になる前は仕事も趣味もアクティブ系な感じでしたんで、それからすると生活は一変したんですが、ちょっとしたダイエットしている人以上には食事もとれていて、痛みも薬でほとんど抑えられている様子で、「本当に末期のがん?」と疑いたくなるような日もあるほどでした。

亡くなる半年ほど前の今年のゴールデンウイークに、カニ料理屋さんに食事に行ったんですよ。
そのとき、コース料理を全部食べきった上に、人の分にまで手を出していた(笑)
健康なわたしでも食べきるのには必死な分量だったんですがね。

そんな比較的安定した療養生活の終わりは突然にやってきます。
母親の場合、便が出にくくなって、腸閉塞の危険があるからということで入院したんです。それが2006年9月半ばのこと。
調べると、腸のまわりにがんが転移していて、これが腸を圧迫しているっていうことでした。
で、とりあえず、便の通り道を確保しようということで、ステントという筒状のもの?を挿入して物理的な通り道は確保したのですが、この入院を境に食事(ジュースやスープなどであっても)をとるとすべてもどしてしまうようになりました。

入院する前は、まさかこのまま食べられなくなるとは思えない様子でした。
ステントを挿入するにあたって食事を断ちましたが、うまく入りさえすればまた食べられるようになると、医師もまわりも本人も考えていました。
ですが、物事、なかなかそう単純ではないようです。

そして、食事がとれなくなるという大きな変化があって以降、これまでのゆっくりとした病気の進行からは信じられないペースで容態は急激に悪化することとなります。

9月半ば 入院
9月下旬 ステント挿入手術
10月第1週 足が異常にむくんで歩行が困難になりはじめる
10月第2週 問いかけに反応しないことが増える
10月第3週 一人ではベッドから起き上がれなくなる(湯船に浸かれたのはこの週が最後)
10月第4週 一人では歩けなくなる、意識の混濁が激しくなる(自宅での緩和ケアに切り替えるため、退院する)
10月第5週 亡くなる

なにを言いたいかと申しますと、容態が悪化し始めたら、まわりは気持ちを切り替えないといけないということです。
聞いておくべきことがあったら明日明日と伸ばしちゃダメな感じです。
もし、在宅ホスピス、退院を考えているのであれば、決断した日からなるべく早く実行に移すべきです。
1日1日が本当に大事です。

悔いはないと言い切りたいくらいに良い療養生活だったと感じるのですが、退院があと1週間、せめて3日早かったらなあと、しばしば思います。
ま、それもこれも、とてもよい在宅ホスピスの先生にお会いすることができたから言えることなのでしょうが。

先日、最期をみていただいたがん専門の在宅ホスピスの先生のところに、お支払いを兼ねてお礼に伺ったんです。
先生はじめ担当の看護士さんがそろって時間をとってくださって、お話しすることができたのですが、容態の進行が急すぎて、在宅ホスピスへのチェンジ(退院)が間に合わないことも多いそうなんです。

今日は、今までの様子からは信じられないほどに、悪くなりだしたらうんと早いことがあるということを、なによりもお伝えしたいと思ったのでした。
身内が難病にかかったとき、お医者さんに「あとどれくらいですか?」と質問するシーンがドラマなんかでもよくあります。
しかし、わたしは、ついに一度もこの質問をお医者さんにできませんでした。
今日はわたしと同じようなお気持ちの方への参考までに、うちの母親のケースのことをメモしてみます。
母親の病気が胃がんだとわかったとき(2005年10月)、それはそうとうに進行したものでした。
胃がん治療の基本は、悪いところを切り取ってしまうというものです。
また、手術とあわせて抗がん剤を投与することで、がんの再発や進行を抑えたりするようです。

ですが、母の場合、肝臓への転移が無数にあるため、手術をしてもすべてを取りきることはできず、完治が見込めないという診断であったことから、手術は行わず、抗がん剤の投与のみという治療方針となりました。

はてさて、手術できない状態にまで悪化した人というのは、どのくらいの余命が残されているものなのか。
手術をした方についてはいろいろデータなどもあるようですが、手術不能の場合の生存率とかに関する情報って、探すことができなかったんです。
医師にズバリ聞ければよろしいのでしょうが、わたしにはそれを尋ねる勇気がありませんでした。
そこで、聞き方をやや変えまして、「抗がん剤の治療はどのくらい続けられるのでしょうか?」と投げかけてみました。
すると、医師からは、「非常に難しい質問です。薬が合わなくて2回程度でできなくなる方もおられますし、1年ぐらいがんばっている方もおられます」とのお返事がありました。

なるほど、長めにみて1年ね。と理解しました。

母親が亡くなったあとで、わたしの妹のだんな様(出身校の関係やお仕事柄、お知り合いのお医者様が多い)から聞いた話ですが、知人のお医者さん何人かには「そりゃ半年もたんだろうな」と言われたとか。

非常に個人差があるお話しだとは思いますが、母親の場合、約1年、抗がん剤(TS1という飲み薬)を使いながら、2週に1回という外来診療をベースに、自宅での療養生活を送ることができました。
抗がん剤の投与を開始したのは2005年11月、容態が悪化して抗がん剤を中止したのが2006年9月のこと。
そして、翌月の10月31日に亡くなりました。